【声明】「従軍慰安婦などの歴史用語記述に対する政府の介入に抗議する

                  2021年9月10日
                  子どもと教科書全国ネット21常任運営委員会 (連絡先は略)


 文部科学省は8日、日本軍「慰安婦」や戦時労働の「強制連行」の記述について、教科書発行者5社から、現在使用中の中学校社会科(歴史的分野)、高校日本史(A・B)と世界史(A・B)、高校公民科「現代社会」「倫理」並びに、来年度から使用される高校歴史総合の各教科書、計29点について、「記述の削除や変更の訂正申請」があり、同日付で承認したと明らかにした。今回の訂正申請では、「いわゆる従軍慰安婦」の記述は残し、注釈で「日本政府は、『慰安婦』という語を用いるのが適切であるとしている」との政府見解などを付記した教科書もあるものの、多くは「従軍」や「従軍慰安婦」の用語を削除した。また、朝鮮人に対する「強制連行」は、ほとんど削除された。ただ、「国民徴用令」が適用されない中国人の強制連行については、削除・訂正もあったが、明確にした記述などが残った。
 この問題は、3月22日の参議院文教科学委員会での自民党有村治子議員の質問に対して、萩生田文科大臣の慰安婦に関する用語の政府の統一的な見解がまとまれば、「その内容に基づいて適切に検定を行っていくこととなります」との答弁に始まり、「日本維新の会」幹事長馬場信幸衆議院議員の「従軍慰安婦」、「強制連行」などに関する質問主意書と、それに対する閣議決定された菅内閣の以下の答弁書(4月27日)を契機に本格的に展開された。

 ① 「従軍慰安婦」の用語は、当時使われていなかった。また、いわゆる吉田清治証言を大新聞が報道したことにより、「従軍慰安婦」という用語を用いることは(引用者:「軍により『強制連行』された」という)「誤解」を招く恐れがある。「いわゆる従軍慰安婦」、「従軍」と「慰安婦」の組み合わせも問題で今後は、単に「慰安婦」が適切である。
 ② 戦時における「朝鮮半島から日本への労働者の移入」は、「募集」、「官斡旋」など様々な経緯があり、「強制連行」または「連行」ではなく「徴用」を用いることが「適切」である。

 さらにこの後、日本維新の会藤田文武議員は、答弁書に基づいて教科書記述を訂正するよう政府に求めた。菅首相や萩生田文科大臣はそれに応えて、2014年改定の検定基準「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解又は最高裁判所の判例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」を根拠に、「従軍慰安婦」などの記述は不適切であり、「発行済み教科書への対応」については「発行会社が訂正を検討する。基準に則した記述になるよう適切に対応したい」(5月12日 衆議院文部科学委員会)とした。
 文科省は、たたみかけるように5月18日、オンラインで中学校社会科、高校地理歴史科・公民科の教科書を発行する15社の編集担当役員を対象に「臨時説明会」を開催し、「主なスケジュール」との資料を示し「6月末まで(必要に応じ)訂正申請」「8月頃、訂正申請承認」などの日程も伝えた。6月18日付「朝日新聞」は、「申請をしなければ訂正勧告をだすのか」との質問に、文科省は「『勧告の可能性はある』と答えたという」「今月中に申請を、と暗に促された形だ」と報道した。
 こうした経過に照らせば、今回の訂正申請は、教科書発行者の自主的申請の形をとっているが、明らかに政府・文科省による訂正申請の強要の結果である。

 そもそも、政府見解として閣議決定された「答弁書」で、ある事項についての歴史用語を政府として決定し、教科書において他の用語で記述することを禁止することは、前代未聞の出来事で、憲法の保障する学問・研究の自由、言論・出版の自由を踏みにじることである。菅内閣は、1993年の河野談話を継承するとしながら、特定用語の使用を禁止することを通じて事実上、「慰安婦」への日本軍の関与や強制性を消し、河野談話を空文化するとともに、全体として日本の侵略加害の事実を覆い隠し、戦争を反省する意識を国民の中から消し去ろうとしているのである。
 なお、上記答弁書は、歴史研究の成果や最高裁の判例にも反するものであると同時に、これまでの国会における政府答弁にも反する内容に満ちている。例えば、河野談話は、吉田清治証言に基づいていないことも、菅義偉首相(当時、官房長官)は「そこは認めています」(2014年10月21日参議院内閣委員会)と答弁している。

 在外被爆者の援護法適用問題での最高裁判決(2007年11月1日第1小法廷)では、「国民徴用令に基づく徴用令書の交付を受け徴用され」、「朝鮮半島から広島市に強制連行され」とあり、国民徴用令に基づく徴用について、「強制連行」と認定している。     これは「政府の統一見解」条項と並ぶ「最高裁判所の判例が存在する場合」に該当する。

 また文部省(当時)は「強制連行は国家的な動員計画のもとで人々の労務動員が行われたわけでございまして、募集という段階におきましても、これは決してまさに任意の応募ということではなく、国家の動員計画のもとにおいての動員ということで自由意思ではなかったという評価が学説等におきましては一般的に行われているわけでございます」(1997年3月12日参議院予算委員会)と答弁している。

 現在検定中の高校「日本史探求」「世界史探究」の教科書などにも及ぶ恐れのある、今回の政府・文科省による教科書用語・記述への介入は、教科書・教育への憲法違反の政治介入であることはもちろん、従来の政府答弁とも矛盾する根拠のないものでもあり、断じて認めるわけにはいかない。これに強く抗議するとともに、訂正申請の承認を撤回し、元の記述に戻すことを要求する。
 今回の教科書記述訂正強要の根拠に使われた2014年改定の検定基準について、日本弁護士連合会 の意見書が「国による過度の教育介入として憲法26 条に違反し子どもの学習権等を侵害するおそれがあるといわざるを得ず,これら の撤回を求める」(2014年12月19日)としていた。教科書を通じて児童・生徒に政府見解を一方的に押しつけ教え込もうとするものであって、まさに憲法違反の検定基準である。近年の教科書検定では、とりわけ領土問題において政府見解のみを教えることを強要し、近隣諸国との対話と友好関係の構築を妨げる弊害を拡大している。検定基準の2014年改定部分を直ちに廃止することをあわせて要求す
                                                    以上

子どもと教科書全国ネット21