活動の記録

7月6日 杉並区に在住する歴史学者の会 教科書採択に関する要請書を区教委に提出

杉並に居住する歴史学者の会要請の報告
7月6日(水)、杉並区に居住する歴史学者の会として、杉並区教育委員会に要請し、記者会見をしました。要請は、中村平治東京外語大名誉教授、趙景達千葉大学教授、事務局として丸浜江里子が参加しました。教育長に直接、要請することを希望しましたが、教育委員は一切会わないと言うことで、和田庶務課長と係長(記録係)が対応。教育委員会室で要請書を渡し、会見しました。
記者会見には、日本テレビ、赤旗、イギリスの教育誌の記者が出席してくれました。要請のポイント(時間がない方はポイントをどうぞ)及び全文を掲載します。
*「杉並の教育を考えるみんなの会」では専門家と力をあわせて学びながら取り組んでいます。歴史学研究会(名簿あり)等の研究者の団体が力を貸してくれると思います。
つながりは力、これからも力をあわせます。
杉並の教育を考えるみんなの会 丸浜江里子
 
【教科書採択に関する要請書】(ポイント)
杉並区教育委員長 丸田頼一殿
杉並区教育委員各位
要請趣旨
本年は中学校の教科書が採択される年でありますが、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)の『歴史』教科書(扶桑社)がさまざまな物議を醸しています。4年前にも「つくる会」は各自治体に働きかけてその教科書を採択させようと強引な活動を展開しました。

杉並区でもそうした活動があったことは記憶に新しいところです。しかし杉並市民の強力な反対運動が巻き起こり、また教育委員会委員各位の良識によって「つくる会」教科書は採択に至りませんでした。全国的にも0、1%以下の採択率となりました。

私たち杉並区に在住する歴史学研究者は、今回も以下のような理由からこの教科書を断じて採択してはならないと考えます。
【理由1】西欧文明を敵視し、過去の日本の戦争を正当化する教科書である。
【理由2】アジアへの共感を欠如した唯我独尊的な教科書である。
【理由3】民主主義を拒否する教科書である。
【理由4】時代に逆行し、隣国との共生を拒否する教科書である。
以上の理由から私たちは、「つくる会」教科書が採択されることについて深い憂慮を抱くものであります。杉並区は原水爆禁止運動の発祥地として知られた市民意識の高い土地柄です。こうした地に住む者として、また歴史学を研究し教授する立場にある者として、この教科書の採択をすべきでないことを強く表明いたします。
2005年7月6日

教科書採択に関する要請書
 
杉並区教育委員長 丸田頼一殿
杉並区教育委員各位
要請趣旨
本年は中学校の教科書が採択される年でありますが、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)の教科書(扶桑社)がさまざまな物議を醸しています。4年前にも「つくる会」は各自治体に働きかけてその教科書を採択させようと強引な活動を展開しました。

杉並区でもそうした活動があったことは記憶に新しいところです。しかし杉並市民の強力な反対運動が巻き起こり、また教育委員会委員各位の良識によって「つくる会」教科書は採択に至りませんでした。全国的にも 0 .1%以下の採択率となりました。

私たち杉並区に在住する歴史学研究者は、今回も以下のような理由からこの教科書を断じて採択してはならないと考えます。
 
【理由1】西欧文明を敵視し、過去の日本の戦争を正当化する教科書である。
この教科書の特色の一つとして、西欧文明に対する敵意があることを挙げることができます。絶対主義体制下のヨーロッパが世界進出をし、「まるでまんじゅうを二つに割るように地球を分割し、それを自分たちが進出する領土とみなした」背景には、世界征服を認めた当時のキリスト教会の姿勢があるとして、反キリスト教の姿勢を打ち出しています。

反西欧の姿勢は、近代の叙述にいたって一挙に吐露されていきます。日露戦争の勝利が「植民地にされていた民族に、独立への希望をあたえた」などということは、全般的な歴史事実としては決して認められません。ほとんどの被圧迫民族は、その後日本が朝鮮への侵略を実行することによって、かえって日本に失望していくというのが歴史的事実です。中国の孫文もインドのネルーもそうです。「日露戦争は、日本の行き残りをかけた戦争だった」というのは、全くの日本中心的な独善的な見方であり、朝鮮からみれば朝鮮を日本の植民地にする戦いであったことは明確です。

また、第二次大戦後の叙述においては、「大東亜戦争」=太平洋戦争を正当化する文脈作りの上から、反米・反共(ソ連)的叙述が目立ち、天皇制ファシズムとの「汚名」を雪ぐために、ナチズム・ファシズム批判が展開され、当時の体制はそのようなものとは一線を画するものであることが強調されています。太平洋戦争はアジアの独立のために、日本が犠牲的に行った、欧米諸国の覇権に対する大義の戦争であったかのような印象が、生徒に刷り込まれかねません。
 
【理由2】アジアへの共感を欠如した唯我独尊的な教科書である。
アジアへの共感を欠落させていることも、この教科書の大きな問題です。そのことは中国や朝鮮に関する叙述において明確に表れております。「唐に朝貢していた新羅が、独自の律令をもたなかったのに対し、日本は、中国に学びながらも、独自の律令をつくる姿勢をつらぬいた」として、儒教的文明の政治原理に高い評価を与えてはいますが、その実は日本が独自な政治原理を創出したことに注意が喚起されるようになっています。独自な律令を作らなかった朝鮮は、日本より劣っているかのような叙述がこれに続きます。しかしこれは全くの間違いです。新羅の律令体制が唐に学びながらもどれほど独自なものであったかは、常識的な歴史事実となっております。

近代の叙述に至っては、優れた文明を持っていたはずの中国さえも、西欧への対応を間違えたことが強調され、朝鮮とともに劣等認識が生徒に刷り込まれかねない叙述となっています。中国は世界の中心だという傲慢な中華思想を持っていたために、近代化に乗り遅れたというのです。それに対し日本は、武士が自己犠牲的な精神によって明治維新を成し遂げたとし、日本固有の武士道が高く評価されます。アジアの一員として共に歴史を歩むという認識が、甚だしく欠如しているとしか言いようがありません。

そもそも武士道なるものが、近代になって唱えられるようになったというのは、今日歴史研究者の間にあって常識的な事実に属する事柄です。アジアでばかりでなく、世界にも特異な存在である武士の精神を、「公のために働くという理念」として捉え、そこに日本近代化の秘密を見るというのは、唯我独尊的だと言わざるを得ません。
 
【理由3】民主主義を拒否する教科書である。
この教科書は、他の教科書とはまるで違い、「神武天皇の東征伝承」などの神話教育を重視しています。そして、全編日本歴史の偉大性と万世一系である天皇制の伝統的正統性を強調しつつ、国家に殉じた「偉人」を褒め称えています。

歴史とは多くの民衆のたゆまぬ困苦と努力、そしてその戦いと犠牲の上に築かれていくものだというのは、歴史学の常識であります。しかしこの教科書にあっては民衆のそうした決定的役割についてはほとんど記述がありません。百姓一揆という言葉は出てきてもそれがどういうものであるのかは具体的に記されておりません。また、近代に入って自由民権運動期に起きた秩父事件を始めとする民衆の運動については全く記述がありません。自由民権運動も結局は明治政府と異なるところがない運動であったとされます。こうした記述のし方は、日本における民主主義を作り出すための戦いを否定するものだと言わざるを得ません。
 
【理由4】時代に逆行し、隣国との共生を拒否する教科書である。
総じて言えば、この教科書は相互依存的な国際秩序が模索される 21 世紀になっても、日本固有の国家原理に誇りを持たせようというものであります。 60 年前に終結した、あの悲惨な戦争の反省をなんらすることなく、戦前回帰的国家主義を標榜するこの教科書は、世界の潮流に逆行するものであるとしか言いようがありません。「つくる会」は既存の教科書を自虐的で暗いと批判しますが、唯我独尊的な彼らの教科書こそ、世界に理解されにくい日本という自己陶酔的な自国イメージを生徒たちに喚起するものであり、それは日本の孤立認識を助長する暗い所業だと考えます。

今日、日本にはさまざまな民族が居住しています。そうした民族との共生を抜きに今後の日本を考えていくことはできません。そして多くの民族の子供たちが公立の中学校で教育を受けています。排外主義を醸成しかねないこの教科書が公共の場で使われることは、大変重要な過失となります。

この教科書に対する反対の動きは日本全国、いや世界で数多く展開されており、杉並区と友好関係にある韓国ソウル特別市瑞草区も、大変な危惧を表明しております。 5 月末に瑞草区区長や瑞草区選出国会議員らが来杉し、「つくる会」教科書の採択を危惧する市民と交流を持ったことは周知の事実です。万一この教科書が採択されることになれば、瑞草区との間に育ててきた友好の絆が一瞬の内に断ち切られることになるのは確実であります。

以上の理由から私たちは、「つくる会」教科書が採択されることについて深い憂慮を抱くものであります。杉並区は原水爆禁止運動の発祥地として知られた市民意識の高い土地柄を持っています。こうした地に住む者として、また歴史学を研究し教授する立場にある者として、この教科書の採択をすべきでないことを強く表明いたします。
2005 年 6 月 30 日
杉並区に在住する歴史学者の会  《住所は削除》
中村平治(代表)(東京外国語大学名誉教授 インド近現代史)
伊藤定良(青山大学教授 ドイツ近代史)
岡部廣治(元津田塾大教授 ラテンアメリカ現代史)
栗田伸子東京学芸大学教授 古代ローマ史)
栗田禎子千葉大学教授 中東現代史)
趙景達(千葉大学教授 韓国近現代)
永原和子(女性史研究者 日本女性史)
羽場くみ子(法政大学教授 東欧現代史)
服藤早苗(埼玉学園大学教授 日本女性史)
松元宏(横浜国立大学名誉教授 日本近現代経済史)
森安彦国(文学研究資料館名誉教授 日本近世史)