町田市在住の、坂巻幸雄と申します。
報道を通じて、貴委員会が扶桑社版の歴史教科書を採択なさったことを知り、非常に驚きました。
私は、杉並区民でこそありませんが、この教科書を次の世代の教育に用いることは、現憲法の平和・国際協調主義の理念と矛盾し、大きな危険を内包するものと
考えています。その意味で、子供たちの誰もにとって、この教科書は教材としてふさわしくありません。この採択を撤回するよう、ぜひ貴委員会の再審議をお願
いしたく、筆を執った次第です。
私は1932年生まれで、少年期を徹底した軍国主義教育のまっただ中で過ごしました。それがどんなに作為に満ちた虚構だったかは、敗戦後に客観的な史観を
学ぶ機会を得て、はじめて体得できたものです。しかし、戦中・戦後の時点は、集団疎開の中で栄養失調となり、家は戦災で焼かれて無一物となり、飢えにさい
なまれながら近在の農家を回っては、僅かばかりの芋を売ってくれないか、乞食のように彷徨する日々のなかでした。
このような、過去の戦争責任に対する痛切な反省の言動は、その名の乱用を黙認していた昭和天皇をはじめとして、当時の指導者の誰からも述べられていませ
ん。ましてや、より苛酷な惨禍の中に身を置かざるを得なかった、植民地・被占領地の人々が、いまだに強い怒りの感情を心底に秘めておられることも、私には
良く理解できます。
しかるに、扶桑社版の歴史教科書では、先の戦争に「大東亜戦争」の名を臆面もなく用い、アジア諸国の独立運動に、この戦争が寄与したかのような表現をとっ
ています。すべてを列挙するゆとりはありませんが、総じて、この教科書の底流にある思想が、かつて私が学ばされ、そして戦後完全に否定された皇国史観の復
活を意図ていることは、容易に読み取れます。その意味で、この教科書が、子供たちの全人格の円満な発展をめざすという、杉並の父母や先生方の切なる願望と
両立するとは、到底思えません。
ことの本質は、あの戦争の性格をどのようなものとして次の世代に伝えるかという、極めて厳粛な問題です。時あたかも戦後60年の節目にあたり、戦時中の苦
悩の数々があちこちで語られています。無辜の死を遂げた内外の多くの人々の無念を思うにつけても、今回の選択をぜひ撤回されるよう、重ねてここに強く要請
する次第です。
敗戦の日に当たり、貴委員会の賢明なご判断とご決断を期待してやみません。 |